交通手段:飛行機、他
ルート:大阪〜上海〜北京〜上海〜大阪
コメント:大学の語学セミナーに参加した。関西空港から上海へ。3週間短期留学生として中国語を勉強した。9月4日から北京で観光をした。オリジナルから削除した文が結構ある。
7時半頃両親が車で来て、空港まで送ってもらった。途中道が渋滞していて集合時刻に間に合うか心配だったが、何とか着いた。
空港のロビーでは誰もいなくて不安だったが、知っている人(B君)を一人見つけ無事合流した。
11時15分発の飛行機で離陸した。空を飛ぶのは初めてなので、とても緊張した。
空港に着いてからはバスに乗って店に立ち寄り一万円を元に両替した。その後寮に着いたのは16時ごろだった。
18時に初めて上海の料理を食べた。ご飯が固かった。
面接では、ほとんど先生の質問が聞きとれず困った。結果はA、B、CのうちBだった。面接後歓迎の昼食があった。このときビールをすすめられたが断り、スプライトばかり飲んでいた。スプライトはぬるかったがまあまあの味だった。
昼からは五角場に3人(F、K)で出かけた。レコード屋で、ビビアン・チョウのテープをたくさん見つけた。チャゲ&飛鳥のテープがあった。中でも気に入ったのはエルトン・ジョンのテープで、DanielとYour
Songも入っていて、買おうと思った。ウォークマンで聞くとテープがゆるむのでもっと日がたってから買うことにした。
それからデパートで初めての買い物をした。中国に来て初めて買ったのは帽子 だった。24元だった。Aさんからデパートの買い物の仕方を聞いていたにもかかわらずいざとなると忘れてしまっていた。
その後ジュースを一本買った。名前も味もよく知らなかったが、一本だけ買った。2.8元。
中国に来てからというもの、書くことがあまりに多くて書ききれない。紙が足りないくらいだ。とにかく何もかもが新鮮で、日本にいるときの自分とは違う自分になっていることに気づく。
今日は午前中は橋を見に行った。橋からは東方明珠テレビ塔がよく見えた。写真を数枚とった。
午後からは玉佛寺と豫園に行った。2元の7UPを買った。帰りの集合時刻に 間に合わず、3人(F、K)であちこちみんなをさがして歩いた。Tさんが捜しにに来てくれたので良かったが、捜しに来てくれなければどうなるか分からなかった。
夕食後に上海雑技団を見に行った。バスを降りる際帽子を忘れてしまったが、 かなり前にも書いた顔だちの整った人(名前はまだ知らない)が持って来てくれ ていた。僕は本当に感謝した。
雑技団の席も隣がその人だった。帽子のお礼を言おうと思っていたが、とうとう話しかけれなかった。ショーもすごかったが、それよりも隣の方が気になっていた。とにかくもっと仲良くなりたい。3日目ともなるとさすがに慣れというものや疲れがきて、黙ることが多くなってきた。1、2日目はまだ元気でよく話をしたが、これからが本番である。また日本での自分のようになるのか、これを機に変わるのか日記で観察したい。
どうせなら中国語で日記を書こうとふと思ったが、極端に文章量が減るし時間も頭も使わなければならなくなる。まあ、しばらく考えよう。洗たく物がたまってきたので、明日洗たくしなければならない。
午後は書道と絵画の講義があった。50代のおばさんが先生で、講義のあと実演してくれた。手帳にサインをしてほしかったが、言い出せなかった。
晩は、浦江の遊覧船に乗って船上で過ごした。東方明珠テレビ塔の写真をとったりしていたが、風があまりにも気持ちよかったのでカメラを持ってぼーっとしていたら、うっかり落としてしまった。
ふたが開いてしまい、フィルムが露出してしまった。これでこれまでの写真がパァかと思うと、落胆ははかりしれないものがあった。新しいフィルムを入れてみたが、空送りできなかったので、カメラが壊れたかもしれない。ズームもしにくくなった。これからとる写真が写っているか心配だ。
船上で、趙栄華の「求婚」をきけた。とてもうれしかった。
だが、一切予習や勉強の類はしなかった。機会がなかったのであるが、それでもやる気次第だった。昼からは、最も親しい友達と二人で買い物に出かけた。考えてみればこれまであまり金を使っていなかった。まだ700元近く残っている。買ったものといえば、水とジュースとスナック菓子とあめとカップラーメンで、全て食料である。何元だったかは忘れた。
夜に再び出かけた。昼間と同じ二人だった。ぶらぶら歩いたが、サンダルを買った。8元の安物のサンダルで、歩きにくいがこれでくつ下をはかなくて済むので、つぶれるまではくつもりだ。
授業では先生の話がうまくききとれなかった。今日こそは勉強だと思っても結局ほとんどしていない。せっかく大学で授業が受けられるのだから、それなりの準備はしたいものだ。
昼からは太極拳の講義があった。太極拳には様々な効能があるので、自分もやってもようかと思ったが、思っただけだった。
夜にまた五角場に出かけ、デパートで三国演義という本を見つけた。30元だったが、ほしいと思った。
それでも昼からまた二人で五角場に出かけた。他の人達はもっと行動範囲が広いというのにまだ五角場以外のところまで出かけていない。
ゲームセンターに入り、2回ゲームをした。そこそこおもしろかった。
ここでちょっと考えてみたい。このままではよくないのではないか。何のために中国に来たのだろう?筆談すらしていないではないか。だが、今は生活に慣れるのが第一だ。明日からの2日間の観光にたえられるだろうか。
この日記は18日に東苑に戻ってから書いているのでこの日のことは忘れている。杭州はお茶の名産地らしい。一級やら特級やらのお茶を飲んだ。
団体旅行の不便さを存分に味わい、ぼーっとすることが多くなった。金もほとんど使っていない。一人で自由に周りたい場所だった。
日記に書くことはまだまだあるが、何しろ疲れている。別にたいしたことでもないからここで終わる。追加:中国に来て初めてシャワーを浴びなかった。
帰りのバスの中から、車にひかれて横たわっている老人を見た。二人の祖父のことを思い出した。 (なお、この2日間で、バスの席はWさんの後ろだった。全然会話はなかった。)
昼に部屋で三人(B、TK)で話していて、自分の気になっている人を白状 した。おかげでその人の情報が分かった。名前はW。日本に帰るまでにはゆっくりと話す機会がほしい。
前後するが、歩行に出かける前、関大生の3人がチャイナドレスに着がえて写真をとろうとしていたのに出くわし、照れてしまった。写真をとればよかったと思う。(3人の中にはWさんがいた)
ビートルズ話でもりあがる前、卓球場に行った。ピアノがあいていたのでひいてみた。楽ふがなかったのであまりひけなかったが、少しは満足した。(東苑最後の日(9月3日)だったか、I君にひいてくれと言われていたが、逃げた。)
午後の少数民族の講義では寝てしまった。講義が終わっても全然出かけなかっ た。何てことだ。最悪のパターンではないか。そのかわりといっては何だが、同 部屋の人と話をした。まあまあの話ができた。
金を確認したところ、500元以上あった。一枚の100元札は別の場所にあるから、まだ100元ほどしか使っていない。無理に使う必要はないが、それだけ積極性が欠けていることにもつながりかねない。
夜、卓球場へピアノをひきに行くと、バイオリンをひいている人(R)がいた。その人に知っている曲をひいてもらい、聴きほれてしまった。驚くべきことに、バイオリンを始めてまだ2年だそうだ。あまりにも上手だったので、かっこいいと思った。
自分などはピアノを4、5年も習っていたというのに、簡単な曲さえすぐにはひけない。中国にいる間、もう一回聴きたいものだ。
全然買い物をせず、つきあたりのテレビ塔の対岸で一服し、五角場行きのバス停を確認し、食事をとろうと南京路を引き返して歩いた。決心がつかないまま博物館の近くまで戻り、7時から送別会があると聞いていたので帰ろうとバス停をさがしていたが、見つからなかった。他に方法がなかったので面倒ではあったがまた引き返してつき当たりのバス停に戻った。バス停に戻る前、マクドナルドで食事をした。19元ちょっとのセットにした。
東苑に戻ったのは9時すぎで、送別会はとっくに終わっていた。エレベーターで部屋のある5階に行くと、廊下に4、5人が座って話をしていた。彼らの前を横切るとき、部屋からWさんが出てきた。「あっ・・・」というようなことを言っていたように思うが、僕は黙って通り過ぎた。
送別会ではケーキが出たらしい。食べれなくてとても残念だ。送別会が男女交流の場になっていたみたいだが、自分が参加していたらどうなっていただろう。
友達が部屋に来て、明日動物園に行こうとさそってきたが、よく考えた末、ことわった。その友達はひどく落胆していた。気の毒なことをしたと思うが、男二人で動物園に行くのは気がすすまなかったのだから仕方ない。
明日はいよいよ一日中自由だが、寝ようと思う。確かにもったいないが、たまには寝たくもなる。何しろ毎朝7時起きなのだから。
ところで、日本とはまだ一度も連らくをとっていない。ただ面倒なだけだ。動物園に行くと言っていた友達は、長江に行ってきたそうだ。長江の水も持ってきたと言っていた。少しうらやましかった。
写真は1枚もとらず、金も使っていない。一体何をしているのだろう。日記に格好いいことも書けない。仕方がないから中国人を観察した感想でも述べる。まず、愛想が悪い。何故機嫌悪いような態度をとるのだろう。社会制度が影響しているのだろうか。あまり自由な雰囲気を感じない。
次に、自分のことしか考えていない。交通マナーは大阪よりひどい。事故がおきないのが不思議でならない。ぼーっとしていたら車か自転車にひかれてしまう。
とにかく思うに、精神的な革命が必要なのではないだろうか。上海は変化している。それは表面的なもので、建物である。考え方はなかなか変わらない。
それはさておき、友達から華佗膏を3つ買った。あまりにも嬉しかったので「かだこう、かだこう」とつぶやいていた。早速つけてみた。
この日は風呂も入らず寝てしまった。
午前は浦東開発区の見学に全員で行った。まずある建物に入って説明を聞いたのだが、そのとき隣にはWさんが座っていた。話を聞いていたことは聞いていたのだが、隣が気になって仕方がなかった。こんなに近くにいることはめったにないので、話しかけたかったが、できなかった。結局、これまでと同じだ。
説明が終わった後、実際に見て回り、ついでに長江まで行った。何故かあまり感動はしなかった。
昼からは一人でバスに乗って人民広場あたりまで行った。上海図書館は、受付らしい人がこわくて閲覧室には入れず、新華書店では結局一冊も本を買わなかった。あまりパッとはしなかったが、かなり歩いた。55路線の終点から歩いたので、結構な距離になる。
8月の総評
残念だ。せっかく中国に来たというのに、自分の内面に変化が起こっていない。あと10日。ここからどう変わるか、変わらないのか鍵をにぎっているのは、ひょっとしたらWさんかもしれない。明らかに彼女に気をとられすぎている。とにかく二人きりになる機会があればいいのだが。なかったら自分で作るしかない。あと10日だ。